薄桜記 大映/104分/★★★★★ 1959年(昭34)11月23日公開<カラー> |
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脚本 | 伊藤大輔 | 監督 | 森一生 | |||
撮影 | 本多省三 | 音楽 | 斎藤一郎 | |||
原作-五味康祐 出演-市川雷蔵・勝新太郎・眞城千都世・須賀不二夫 |
大映京都の時代劇では多分最高峰に類する傑作。 雷蔵・勝新共に28歳の作品。 森一生監督は前作「次郎長富士」から打って変わって冴え冴えの演出力を見せつける。 構成の巧みさ、様式美溢れるセットの多様、効果的な音の使い方。そして何より雷蔵の迫真の演技。勝新も地についた、どっしりとした演技。粗製乱造気味に次から次へと作られていく二本立て興行の中で、突如として異彩を話す傑作が誕生する時代だったのだろう。 この作品は脚本の伊藤大輔による功績が大きい。 吉良邸へと向かう勝新の横移動ショットから始まる巧みな構成。それぞれの立場のモノローグを多用することで、ラストへの激情・愛惜・悲願・無常などの内的な感情が噴出、そして吉良邸に討ち入る四十七人の大団円を迎える。 五味康祐の原作との違いはWikiによると
ラストシーンで雷蔵が見せる、片腕のない典膳が片足を撃たれ、寝たまま転がり刀を振るうという三段剣法の立ち回りは、五味の原作ではなく伊藤の脚本によるものである。この殺陣は、伊藤が隻腕である典膳の片足を鉄砲で撃ち抜く描写を書いたことから考え出されたそうだ。 この大殺陣について、小松宰氏は以下の如く述べている (小松宰『剣光一閃―戦後時代劇映画の輝き』森話社2013:253) 『薄桜記』の立ち回りが、観る者の目に迫真性を持って感じられるのは、それが他に置き換えのきかない強烈な劇的必然を伴っているからにほかならない。片手片足の、つまりは半身不随の剣士が大勢の屈強の男たちと絶望的な斬り合いをするという、およそありえぬ劇的必然性によって、初めて『薄桜記』の立ち回りは、ぎりぎりのリアリティーを持ち得るのである。むろんそれはリアリズムとしてのリアリティーではない。妻を凌辱した男たちに恨みの一太刀を浴びせるという、哀切きわまりないシチュエーションが奇跡的に生んだ、それこそ薄皮一枚の差のリアリティーである。 また谷川建司氏は「残酷時代劇」の先蹤を見ている。 (谷川建司『戦後「忠臣蔵」映画の全貌』集英社2013:144-45) 主人公の妻が卑怯な五人組に薬を飲まされた上、強姦されるという設定も、その事実に直面して「知心流道場の連中に付けられた消し難い汚辱は、そちの罪ではないから咎めはせぬ。咎めはせんが、そちの身体を俺は許すことは出来んのだ。理屈で、頭で許していてわしの身体が許そうとはせんのだ」と穢された妻の身体を受け入れられない主人公の心情も、斬られた血まみれの腕がポトリと落ちる描写も、かつてなかったほどのリアルでドギツイ表現と言えるだろう。――「忠臣蔵」映画としてだけではなく、時代劇としても。 こういった風潮はやがて、黒澤明の『用心棒』(一九六一年)と『椿三十郎』(1962年)を経て松竹の『切腹』(1962年)、東映の『武士道残酷物語』(1963年)などのいわゆる「残酷時代劇」へと繋がっていくことになり、珍しいものではなくなるのだが、本作と同時期の公開であった東映の『血槍無双』が、そのタイトルの印象とは裏腹に、杉野十平次の身体を清いままに守ってやるべく身を引くお蘭の行動に象徴されるように、肉欲というものを悪と捉えて性表現の上で遮断していたのと比べると、その差異が際立って見える。 この作品の唯一の欠点は雷蔵の妻・千春を演じた眞城千都世の演技だろう。一人芝居のシーンは、この女、気が触れたのかと思ったほどだ。
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