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兵隊やくざ殴り込み
大映/89分★★★★
1967年(昭42)9月15日公開<モノクロ・ワイド>
脚本 笠原良三
東条正年
監督 田中徳三
撮影 武田仙吉郎 音楽 鏑木創
出演-勝新太郎・田村高廣・細川俊之・野川由美子・岩崎加根子・南道郎・小松方正・安部徹・丸井太郎・伊達三郎
あらすじ(MovieWalker)
「兵隊やくざ」シリーズ第7作。

このシリーズはそもそも、軍隊が嫌で反抗して脱獄や脱走を繰り返す、初年兵と上等兵の物語なのだが、シリーズ7作ともなると流石にネタも尽きて来たようだ。

今回は一ヶ月前に公開された「座頭市牢破り」にも出演していた当時27歳の細川俊之が好演。義理人情に厚い士官役で勝新が慕う上官という珍しい設定となっている。

ラストも細川を助けるために、勝新が一人敵地に乗り込み全滅させるという、ランボーなみの大活躍。嘘だろ、とも思うのだがやはりそれは痛快で、それなりに楽しめてしまう。

大ラスの細川の死守した軍旗を、勝新が先頭に持って帰還するという、戦争英雄譚になっている。

今回はその分、野川由美子や岩崎加根子などの女からみの要素が少ない。マア、仕方ない所だ。

ちなみに細川はこの年1967年、前年の7月に公開された「兵隊やくざ脱獄」に出演した小川真由美と結婚している。


以下細川俊之のWikiより転載
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1940年〈昭和15年〉福岡県生まれ、山口県下関市育ち

1959年、学習院大学政経学部へ入学。大学では演劇部に所属していた。
1961年、大学を中退し、一旦下関に戻った後、再び上京し同年俳優座の試験を受け合格し、俳優座養成所第13期生となる
1964年、同養成所卒業と同時に石立鉄男らと文学座研究生となり、初舞台は『無害な毒薬』。文学座では若手の二枚目俳優として次第に実力を高めていく。代表作『シラノ・ド・ベルジュラック』『かもめ』など。文学座は1971年まで在籍し、その後はフリー
1967年、『シラノ・ド・ベルジュラック』での共演が切っ掛けで小川眞由美と結婚するも、1973年に離婚。翌年、宝塚歌劇団48期生で宝塚歌劇団卒業生の千 夏記(せん なつき、本名;藤本典江)と再婚した。

「クールな二枚目俳優」として認知度が高いが、硬軟・善悪自在の演技力の持ち主で、『女囚さそり 701号怨み節』における児玉警部役のような、狂気的な悪役も有名。『ムー一族』ではたこ八郎との掛け合いでコミカルな味も見せた。

独特の語り口と美声も知られ、パーソナリティーを務めたラジオ番組『ワールド・オブ・エレガンス』(FM東京他)は、17年5か月に及ぶ長寿番組となった。声優としては、アニメ『あしたのジョー』(劇場版)の力石徹役が有名である。木の実ナナと共演したミュージカル『ショーガール』は15年間続いた。

1973年には、アラン・ドロンとダリダのヒット曲「あまい囁き」の日本語版を中村晃子とのデュエットでカバーした。アラン・ドロンの吹き替えで著名な野沢那智など多数のアーティストとの競作になったが、細川の美声が話題になり、その中で一番のヒットとなった。

1995年に糖尿病で入院した。このため、当時出演予定だった映画『ゴジラvsデストロイア』を降板するが、後に復帰を果たした。同年には脳内出血で倒れたこともあると、2009年7月17日放映の『徹子の部屋』で告白した。

2004年より、大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科演出コース教授に就任しており、同1回生を対象に年10回の講義を担当していた。趣味はスキューバダイビング。

2011年1月12日午後、自宅で転倒し意識不明の状態で東京都内の病院に搬送されたが、同月14日、急性硬膜下血腫により死去した。70歳没。通夜・葬儀は行わず、生前の意思により献体の手続きがなされた。

死去から1年8か月後の2012年9月11日に遺体は荼毘に付され、13日に納骨された。




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