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兵隊やくざ
大映/102分★★★★★
1965年(昭40)3月13日公開<モノクロ・ワイド>
脚本 菊島隆三 監督 増村保造
撮影 小林節雄 音楽 山本直純
原作-有馬頼義
出演-勝新太郎・田村高廣・淡島恵子・内田朝雄・成田三樹夫
あらすじ(MovieWalker)
有馬頼義原作「貴三郎一代」より増村保造が監督した「兵隊やくざ」シリーズ第1作。

勝新にとっては前作「駿河遊侠伝度胸がらす」から約二ヶ月後の公開。当時、八面六臂の活躍だっただろう。

元ヤクザの落ちこぼれ兵士勝新と、暴力大嫌いのインテリ兵士田村高廣の、普段はまったく水と油の人間関係が、過酷な戦場下では二人の絶妙のやり取りと共に、生き延びていくさまが面白い。

「座頭市」も第一作は傑作だったが、このシリーズ作品の第一作も傑作だ。
この作品はスタッフを見ると大映東京作品。ロケ地は北海道か富士山の裾野だろうか。

儚い娼婦の淡路恵子、士官の内田朝雄、拳闘使いの伍長北城寿太郎、憲兵の成田三樹夫など脇役陣も層が厚い。風呂場のシーンの乱闘は特筆に値する。みんな何と引き締まった体をしているのだろう。

画面がモノクロなのも良い。痛快無比のラストまで一気に見せる。


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以下WikiPediaより転載

増村保造(1924-1986)

山梨県甲府市出身。旧制甲府中学から旧制第一高等学校を経て東京大学法学部を卒業。東大法学部時代の知人に三島由紀夫がいる。
1947年、大映に助監督として入社。東京大学文学部哲学科に再入学。1952年、イタリア留学、フェデリコ・フェリーニやルキノ・ヴィスコンティらに学ぶ。
帰国後、溝口健二や市川崑の助監督として参加。1957年、『くちづけ』で監督デビュー。監督第2作『青空娘』より若尾文子とタッグを組み、『妻は告白する』『清作の妻』『「女の小箱」より 夫が見た』『赤い天使』『卍』『刺青』などの佳作にして重要な作品群を残す。また『兵隊やくざ』『陸軍中野学校』と、それぞれ勝新太郎、市川雷蔵の大ヒットシリーズの第1作を監督して大映絶頂期を支えた。

1958年、雑誌『映画評論』3月号において、「ある弁明」という評論を発表。「自分の映画の方法論は、近代的人間像を日本映画にうちたてるためのものだ」と主張し、当時の巨匠成瀬巳喜男を『日本の社会をそのまま認め、はかなき小市民の「情緒」を描く自然主義的風速映画』と、他に今井正作品を痛烈に批判した

大映倒産後は、映画プロデューサーの藤井浩明、脚本家の白坂依志夫とともに独立プロダクション「行動社」を設立し、『大地の子守歌』『曽根崎心中』などを監督。また、勝新太郎の勝プロと組んで『新兵隊やくざ 火線』といった後期代表作を手がける。

1970年代以降は、大映テレビを中心に『ザ・ガードマン』、『赤い衝撃』などの「赤いシリーズ」、『スチュワーデス物語』などのテレビドラマの演出・脚本を手がけ、俗に言う「大映ドラマ」の基礎を作り上げた。1980年、日本とイタリアの合作映画『エデンの園』を監督。

天才脚本家と呼ばれた白坂依志夫は、『青空娘』(1957年)から『曽根崎心中』(1978年)まで13作の脚本を担当し、新藤兼人も『氷壁』(1958年)から『松本清張スペシャル・黒い福音』(1984年)まで10作の脚本を担当し、それぞれ名コンビとして知られた。

1986年11月23日、脳内出血で死去。62歳没。戒名は、影光院演応保真居士。


生涯で残した全57本の作品は、「強烈な自我を持ち、愛憎のためなら死をも厭わない個人主義」=ヨーロッパ的人間観に貫かれている。モダンで大胆な演出により、それまでにない新しい日本映画を創出した。





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