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沓掛時次郎
大映/86分★★★★
1961年(昭36)6月14日公開<カラー・ワイド>
脚本 宇野生男
松村正温
監督 池広一夫
撮影 宮川一夫 音楽 斎藤一郎
原作-長谷川伸
出演-市川雷蔵・新珠三千代・杉村春子・志村喬・島田竜三・稲葉義男・須賀不二夫・清水元
あらすじ(MovieWalker)

前作「大菩薩峠 完結編」からわずか一ヶ月後の公開。

ご存知長谷川伸の股旅物。
さすがに自社の中村玉緒や若尾文子ではパターン化過ぎると考えたのか、新珠三千代・杉村春子・志村喬など他社からの出演者が今作は多い。その分、とても新鮮味がある。
撮影はベテラン宮川一夫。股旅物には欠かせない田園風景を随所に散りばめ、印象的な撮影となっている。

ラストの新珠三千代が死んでしまう箇所に疑問が残るが、定番とはいえラストの子供との別れのシーンは琴線に触れる名場面となっている。

雷蔵の演技の幅の広さにはとても驚かせる。いなせなヤクザを演じた本作の前には、「大菩薩峠」で耽美的な悪人を、それ以前には「濡れ髪牡丹「おけさ唄えば」等の明朗浪人を見事に演じている。
現代の役者はほとんど色が決まってしまっているが、この時期の映画界はある意味、なんでも屋の粗製乱造気味ではあるが、一本一本、しっかりと演じ分けできている市川雷蔵という役者は、やはり「稀代の名優」であったのだろう。

Wikiによると監督の池広一夫は

東京都出身。父親は大映の重役で製作部長・大阪支社長・東京撮影所所長などを歴任した池広利夫。幼少時から撮影所の近くで育ったこともあり、映画監督を志し、父親の反対を押し切り、レッドパージで加藤泰らを解雇した影響から臨時の助監督を募集していた大映京都撮影所の入社試験を受験。
1950年10月付で同社に入社。同期には土井茂、黒田義之、井上昭らがいる。
助監督として吉村公三郎、溝口健二、市川崑らについた後、1960年12月に『薔薇大名』で監督デビュー。2作目の『天下あやつり組』は権力者を風刺する作品であったため、風刺を嫌い、また武州鉄道汚職事件の渦中でもあった大映社長永田雅一の怒りを買い、助監督に降格。

まもなくチーフ助監督として『大菩薩峠』で撮影した那智滝を見た市川雷蔵に能力を高く評価され、雷蔵の主演作品『沓掛時次郎』には雷蔵直々に監督に指名された。この作品は新しいタイプの股旅映画として評価され監督復帰する。

その時期には同時に市川崑のB班監督(『破戒』『雪之丞変化』)も平行して務めている。
1962年には、『座頭市物語』を監督することになっていたが、市川崑の希望で『破戒』のB班監督に就くことになり、降板している。

以降、『座頭市』シリーズや『眠狂四郎』シリーズをはじめとしたプログラムピクチャーを数多く手がけ、大映時代劇の黄金期の一翼を担った。『眠狂四郎 女妖剣』(1964年、シリーズ第4作)において、眠狂四郎の円月殺法のシーンで初めてストロボ撮影を用い妖艶な演出を施し、以後象徴的に採り入れられた。

大映倒産後は、映像京都へ参加。1971年、『片足のエース』で文部省青少年映画賞最優秀賞を受賞。1972年には東京映画で、再び股旅作品『無宿人御子神の丈吉』シリーズの三部作を撮った。以降、テレビドラマを数多く手がける傍ら、映画『化粧』を発表した。

その後、映像京都からも離れ、テレビ朝日系で放送されている『終着駅』シリーズの監督(作品によっては脚本も兼任)を担当している。自身のライフワークであると発言している。

池広は『沓掛時次郎』がなければその後の監督人生はなかったと述べ、監督に抜擢した雷蔵を恩人と評している。
脚本家の石松愛弘は義弟。




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